M編集部員日記 - 2012年12月16日(日)
選挙へ行く。
夕方、DVDで『トイ・ストーリー』を観る。この映画は、かなり前にある人に薦められ、気になっていた作品。単純だけど、良い作品だった。
保坂和志『季節の記憶』(中公文庫)読み始める。かなり以前に読んですっかり内容を忘れていたのだけれど、やはり良い感じがする。(M)
M編集部員日記 - 2012年12月15日(土)
15号に向けての編集会議。
その後、居酒屋で飲む。醜態をさらす。(M)
M編集部員日記 - 2012年11月25日(日)
H氏と神戸へ行く。
まず、最初に長田にある神戸映画資料館を訪ねる。ここは「シグナレス」を置いてくださっているところ。支配人の田中さんに会い、14号を渡す。併設しているシアターを見せていただいたが、38席のこじんまりしたもので良い雰囲気だった。貸室もやっているとのことなので、一度お借りして、何かイベントでもできないかと思う。
その後、今回のメインである元町にある海文堂書店へ。ここでO氏も出店している古本市を覗く。O氏がいると思っていたらいないので、電話すると、普段どおり店にいるとのこと・・・。折角来たので、尾崎一雄『単線の駅』を含む4冊を購入。(M)
M編集部員日記 - 2012年11月23日(金)
みなみ会館でキューバ映画『ゾンビ革命』を観る。キューバにゾンビが現れるという内容で、それ以上でもそれ以下でもなく、ある意味ゾンビ映画らしい映画だったような気がする。
大森靖子のCD『PINK』を聴く。これは先日観た映画の中で、本人が出演し演奏していた楽曲が収められたCDで、かなりパンチがあってよい感じ。(M)
M編集部員日記 - 2012年11月18日(日)
朝、ラジオを聴いているとボ・ガンボス「夢の中」(ライブ版)がかかる。良い曲だ。
夕方、みなみ会館で木村英文レトロスペクティブ『むかし男ありけり』を観る。テレビ用に製作されたドキュメンタリーで、高倉健が壇一雄の足取りを追うという内容。壇一雄の晩年のスペイン滞在を中心に丁寧に描かれていて、テレビとは思えないくらい完成度の高い作品。映画館の客席から外に出たとき、死んだHさんそっくりの人を見掛ける。(M)
M編集部員日記 - 2012年11月17日(土)
Nさんに招待状をいただいたので、書展を観に行く。場所は、祇園にある正伝永源院というお寺。このお寺は織田有楽斎の菩提寺。Nさんの書は「温柔敦厚」というもので、いつも穏やかで優しいNさんそのものを表すような言葉だ。一方書体は力強く、勢いのあるものだった。お寺の庭も美しく、貴重な時間を過ごさせてもらった。
夜、「シグナレス」14号の打ち上げ。スペイン料理。Aさんに初めて会う。良い感じの人だった。いつものごとく酔っ払って、醜態をさらす。(M)
O編集部員日記 - 2012年11月12日(月)
神戸元町へ。今度出店することになった「Secondhand Book Fair on the Second Floor.」という古本イベントの会場の下見のため。元町商店街の海文堂書店さんの二階。会場を案内してくれたいくつか年下と思われる青年は、関大へ通っていたそうで、ぼくがかつて某雑誌の編集会議のために通っていた関大前のカフェによく行っていたという。雑誌のことも知っておられた。人生も四十年近くになると、こういう奇遇はあるもので、たとえば、うちの店は最近バイトの人を雇ったんだが、このお嬢さんは、ぼくの小学生のときの同級生と同棲しているのだった。まったくの偶然。面接の時にわかったこと。
そのあと、今回の古本市でご一緒するトンカ書店さんへご挨拶にうかがう。関西の古本好き・レトロ好きの間では既に有名な店だが、初めておじゃました。評判通りユニークで楽しい店で、つい長居する。本二冊と昔のお菓子の箱を購入。トンカさんはうわさ通り明るく素敵な女子だった。老若男女問わずファンが多いに違いない。
京都駅の八条ダイナーでソーセージ食べて八条ビール飲んでから、帰る。(O)
M編集部員日記 - 2012年10月20日(土)
午後から円山公園音楽堂へライブを観に行く。「solo solo そろえば」と題し、関口哲也、長谷川健一、風博士の3人のソロとコラボでのライブ。快晴の空の下、穏やかな時間が流れていく。心地よいひとときを過ごす。
最近読んだ本。源氏鶏太「ひまわり娘」(春陽文庫)。確か半年くらい前にちょうちょぼっこへ行ったとき、表に置かれたご自由にお持ち帰りくださいと書かれた箱に入っていた本だと思う。源氏鶏太の名前はこれまでからときどき見かけていたのだけれど、どんな作品を書く作家なのか全く知識もなく、読んでみると、なるほどという感じだった。一言で言えば大衆小説ということになるのだろう。わかりやすくて読みやすい作品だった。(M)
M編集部員日記 - 2012年9月29日(土)
Hさんの墓参りへ行く。お墓を前にしてどうしても手を合わせる気持ちになれず、お花とお供えだけを置いて帰ってくる。自分は未だにこのことを理解していないのかもしれない。
夜、編集会議。今回はいつも以上に原稿の集まりが悪いような気がするのだが。
先日買ったくるりの新しいアルバム『坩堝の電圧』をようやく聴く。
光原百合『扉守』(文春文庫)読了。(M)
M編集部員日記 - 2012年9月16日(日)
昨夜の歩行のせいで左ひざが痛む。
夜、T・ジョイ京都で内田けんじ監督『鍵泥棒のメソッド』を観る。内田監督の作品を観るのは3作目。相変わらず、上手くまとまっている。ただ、もうここまで来ると少し予定調和な感じもあって、大体、枠組みや結論が分かっている中でどれだけ様々な要素を絡めながら観ている側になるほどそう来るかというふうに思わせるかの問題のような気もする。だから、大ハズレもないかわりにびっくりするほどの衝撃や感動もないのではないだろうか。この作風は決して嫌いではないけれど、内田監督の全く異なる作品が一度観てみたい。
そういえば、富士フィルムが映画フィルムの生産から撤退するんだな・・・。(M)
M編集部員日記 - 2012年9月15日(土)
リレー・フォー・ライフというイベントに参加。夜9時頃から翌朝6時頃まで、休憩や仮眠を取りながら梅小路公園を歩く。夜中に1人で歩きながら、Hさんのことや色んなことを考える。夜明けの空が美しかった。(M)
M編集部員日記 - 2012年9月8日(土)
14号の原稿をI氏に送る。
久しぶりに、献血に行く。
夕方、I氏と手嶌葵のライブを観に行く。海外の映画音楽と日本のカヴァーが中心の選曲。静かでゆったりとした時間が流れていく。楽しみにしていたライブだったけれど、期待にたがわぬ内容だったように思う。
先日、Sさんからいただいた葉書は宮武外骨の滑稽新聞の図柄。今のこの時代に宮武外骨が生きていたなら、何をどんな風に表現するだろうか。(M)
M編集部員日記 - 2012年8月17日(金)
お世話になったNさんのお葬式に参列。今年になって知り合いの方のお葬式に出るのは今日で3度目。あきらかに以上だ。
かつて、Nさんは僕の書く訳の分からない映画評をよく読んで感想をくださった。そして、映画館でも時々会ったことを思い出す。物静かだけど芯が強くてよい人だった。僕のマンションのゴミ捨て場に粗大ごみが違法に捨てられている。Nさんのように善い人が死に、わがままで自分勝手な人が長生きするということに、改めて愕然となる。そして、Nさんを含め今年亡くなった3人の方のためにももっと毎日を大切にしなければならないと思う。
一昨日、新田次郎『つぶやき岩の秘密』(新潮文庫)読了。山岳小説や歴史小説で有名な新田次郎の異色の子ども向け作品。子ども向けにしてはちょっと理性的な感じもするけど、面白く読んだ。中島京子さんの解説によると『ねらわれた学園』等と同じNHKのドラマシリーズにも入っているとのこと。オールロケのフィルム作品とのことだけど、どんな作品なのか観てみたい気がする。
ところで、突然だけれど今会いたい人。昔、みなみ会館の上映プログラムを組んでいたRCSの代表佐藤英明さん。今何をされているのだろう。一度お会いして色々お聞きしたいものだ。ご存知の方がおられたら是非御連絡ください。(M)
M編集部員日記 - 2012年8月5日(日)
加能作次郎『世の中へ・乳の匂い』(講談社文芸文庫)読了。
この作品集ではやはり「乳の匂い」が一番自分の趣味に合っている。作品が発表された当時は「恭三の父」や「世の中へ」といった作品も非常に評価が高かったようだが、それらの作品は僕的には少し詩的精神が薄いような気がする。そういう意味では、同じ過去の自分の経験を描いた自伝的作品でも「世の中へ」よりも「乳の匂い」の方が小説的な転回があるような気がする。
いずれにしても、地味ながら良い作品集だった。(M)
M編集部員日記 - 2012年8月4日(土)
夜、T・ジョイ京都で山下敦弘監督『苦役列車』を観る。こういった原作がある映画は原作を読んでいないとどこまでが原作に縛られているのか、監督の作家性がどこまで発揮されているのかが分からないので何とも言えない部分が大きいようにも思うのだけれど、山下監督らしい作品になっていたように思う。ただ、ちょっと大味かもしれない。山下監督ならもっと細かな部分へのこだわりがあってもよかったようにも思う。それにしても、主人公の卑屈で、空回りばかりしている、どうしようもない感じは、自分のことのようで切実さを感じてしまった。そういう意味では、あまり客観的に映画として観られなかったようにも思う。
今、気になることといえば、M氏のこと。大丈夫だろうか。苦役列車の主人公ではないけれど見事に空回りしている様子。もともと奇矯な性格ではあったけれど、最近めったやたらと周りの人に言葉で切りつけ、酒を飲んでは絡んでいるらしい。確かに今年は色々あったけれど、このままでは誰にも相手にされなくなるのではないかと思う。僕自身も愛想がつきかけている。先日一緒に飲んだWさんも行っていたけれど、「今を生きろ」そいう言うしかない。
M氏のことを考えていると、一人の人間が形作られるということはどういうことなのかと思う。彼の「奇矯な性格」はどこから生まれたものなのだろうか。例えば、『苦役列車』の主人公も相当屈折した人間性を有していたが、一見するとそれは生きてきた環境が原因と受け取れる。しかし、本当にそうなのだろうか。もし、そうだとするとそこからは自力では抜け出せない、そんなふうにも思え、行き詰まってしまう。そこでは、「それでも、何があっても前を向いて生きていくんだよ」といった言葉は真実であっても虚しさを伴っている。
いずれにしても、M氏がこれ以上落ちていかないことを望む。(M)
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